2014年9月23日火曜日

Paris 私的回想録 - 1 区 -

Parisに住み始めて1ヶ月過ぎた頃、わたしは、さてどうやってフランス語を話せるようになろうかと考え始めた。まったくと言っていいほどフランス語を話せない状態でParisに住み始めたからだ。
語学学校に通うという選択肢はわたしの中ではなかった。Parisの語学学校と言えば授業料が高いことで有名で、そんな授業料を払えるわけなかったし、それにせっかくParisで生活しているのに多くの時間を学校に費やすのが嫌だったのだ。なんとかお金をかけずに、自分の好きな時間を過ごしながらフランス語を話せるようにならないだろうか。

とは言え、フランス語が話せないわたしはもちろんフランス語の文章も十分に理解することができない。だから日本語の情報に頼るしかなかった。Parisには日本語で暮らしていけるのではないかと思うほど、探せば日本語の情報はいくらでも手に入る。
ネットももちろん、有名な日本のフリーペーパーもいくつかあるし、みんな掲示板に個人的な広告を出して、やり取りがけっこう頻繁に行われている。持ち帰ったフリーペーパーをペラペラめくっていると、掲示板ページの中で「日本語とフランス語をエシャンジュしましょう。(Fabien) 」という短い文面のアノンスを見つけた。エシャンジュというのは、交換という意味のフランス語で、ここでは”お互いの言語を交換して勉強し合いましょう”という意味の記事になる。
何の予備知識もないわたしは、お!これなら簡単にフランス語を勉強できるかも♪ なんて、即効そのFabienへメールで連絡したのである。



今思えば無謀である。外国で、掲示板の書き込みだけで水知らずの人と会うのである。その当時のわたしはフランス人の名前もそう詳しくなかったので、その”Fabien”という名前が男性名なのか女性名なのかもわからず、しかも調べもせず無頓着にコンタクトをとってみたのである。
1週間後、Fabienから”来週の月曜日の16時、メトロChâtelet(シャトレ)駅の、シャトレ広場の出口で待ち合わせしましょう。”と返事が来た。

ということで来週の月曜日に会うことになった。
ということを長くParisに住んでいる日本人の知り合いに話したところ、「え?大丈夫?その名前だったら男だよね?ってかそんなフリーペーパーにアノンス出す人なんて男しかいないよね。気をつけた方がいいよー!日本人の女性目当ての漫画とゲーム好きのオタクのフランス人男性がうようよいるんだから!」と言われたのだ。自分の無知に気づき、その瞬間から来週の月曜日が恐くなった。他の知り合いにも聞いてみると、やっぱりあんまりおすすめしないとのこと。どうしよう。

というわけで、行かないことに決めたのである。
とはいうものの「まだ経験する前から怖気づいてどうする?もしいい人だったら?」なんて気持ちもあったりしてちょっとだけ気になってはいた。

そして当日、ヨーロッパに長く住んでいた経験のある友人Iが偶然Parisに旅行で来ていたので会ってお茶をすることになり、「もう行かないけどね、ちょっと気になってはいるんだよね。」とカフェでその話をした。そうすると意外にもその友人Iは「会ってみたらいいよ。きっと怖い思いなんてしないから。今からでも行ったらいいよ。」となぜか迷わずにきっぱりわたしに言った。「別に行かないならそれでもいいけど。でもいい出会いになるかも。きっと怖くないよ。」
時計を見ると16時10分。すでに約束の16時は過ぎている。顔をあげてIを見ると、彼女はわたしの目を見てにやっと笑った。
「やっぱりとりあえず行くことにする!ごめんね!ありがとう!!」

”待ち合わせに少し遅れます。”
ショートメールを送り、カフェを出てすぐにメトロに飛び乗った。


Châteletの駅を知っている人は想像がつくだろうけど、この駅はParisのほぼ中心に位置し、メトロ1、4、7、11、14号線が通り、 RER(近郊高速鉄道線)も止まるので、ターミナル的存在のかなり大きな駅なのである。待ち合わせのシャトレ広場の出口もすぐに見つかるだろうと安易に考えていたのが馬鹿だった。駅構内はだだ広く、即効迷う。長い動く歩道を行ったり来たり、迷ったあげく適当な出口で地上に出ても結局まだ地図を見ることにも慣れていないので、また構内に戻ったり。
時計を見るとすでに16:40。
もうだめだろうと半分あきらめながらも走る。やっとシャトレ広場の出口を見つけて、地上に出た時には16:50。
走った上に、やっぱり変な人だったらどうしようという不安とで、動悸が尋常もなく早い。しかも待ち合わせに便利な場所なのか、人がうようよいて、色んな人が怪しく思えてくる。やっぱり引き返そうか。

 
うわ、なんか目が会ってる人いる、近づいてくる、近づいてくる。なんだか冷たそうな感じの金髪の男性だ。
「あなたですか?僕がFabien ファビアンです。」

彼は背が高く端正な顔立ちの、一見イギリス人俳優にいそうな金髪の男性だった。
なんと彼は1時間もずっと待ってくれていたのだ。(フランス人だからもしかしたら待ったのは45分くらいかもしれないけどww)わたしは覚えたてのフランス語で1時間も遅れたことを詫びた。
「C'est pas grave. 問題ないですよ。お会いできてよかったです。」

わたしのあの最初の心配とはうらはらに、Fabienはとっても紳士的で日本が大好きな、だけど漫画にもゲームにも全く興味のない、穏やかで真面目なとてもいいやつだったのだ。
わたしたちはすぐに打ち解け、フランス語と日本語を教え合うために1週間に1、2回お互いの暇を見つけて会うようになり、時々は美術館に行ったり映画を見たり、お互いの友人を交えてホームパーティに招待したりと、とても仲良くなった。
彼はわたしが初めてParisで友達になったフランス人で、今でも時々連絡を取り合っている大切な友人のひとりとなっている。


とはいえ、今考えると待ち合わせの相手がFabienで運がよかったなと思う。日本人相手の掲示板に書き込んでいるフランス人の男性は、日本の女の子目当てのオタクが90%であることは確かだったことがあとあと分かったので、それからは女の人としかコンタクトをとらないようにした。
それでもやっぱり、アノンスを見て連絡し、あの時行ってよかったと思う。あのおかげでわたしはフランス語を話せるようになった、とちょっと大げさかもしれないが言い切ろうと思う。Fabienと出会えたこともそうだが、あの日Iに会うことになったことも全部つながっている。

それにしても、 Parisに住み慣れてからは、Châteletの駅を待ち合わせに使うようなことも無謀なことだと知った。東京でいうと新宿駅、大阪でいうと大阪駅で初対面の人と待ち合わせするようなものだ。広すぎて人が多すぎて、わたしはよっぽどの用がない限り、Châtelet駅では降りないww 



Parisは不思議な磁場があると何度もここに書いてきたが、Parisの街の中には見えない糸が張り巡らされているのだ。その糸は時空を超えて張り巡らされている。もしかしたら Parisに魅せられる人というのはその糸に何か関係があるのかもしれない。
でもその糸は誰が絡ませているのだろうか。誰が気まぐれに解きほぐしているのだろうか。





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